更なる円安は回避できるか?

 

こんにちは。

 

強い勢いで、更なる円安への圧力が かかっている。

 

G.W.中の 4月29日と、5月1日または2日に、財務省による円安阻止の市場介入があったと観測されています。

このブログを書いている今、米ドル/円 は、156円80銭ほどです。

 

G.W. 前には 160.7円の瞬間がありましたから、介入には、円高に引き戻す一定程度の効果は出た状況だ

 

さて、今月の11日に、米国のベッセント財務長官が来るという。そして、首相、財務大臣、日銀総裁と相次いで個別に会談するのだとか。

ベッセント氏が わざわざ日本の財務金融の責任者に会いに来るというだけで、円安に 短期的な歯止め効果がありそうだ。

米国と日本政府当局は 円安を阻止したいという点で思惑が一致している状況と見られるが、ベッセント氏が わざわざ飛んでくるのは、他にも何か大事な話がありそうだ。

 

日本が円安を阻止したい理由:

 円安が進むと、石油や食料品などの輸入品の価格が益々高騰し、インフレが加速する。(日本の食料自給率は38%程度で、世界有数の食料品輸入国です。 誰もあまり実感がないのが実態だ。)

こうなって来ると国民が物価高騰で音(ね) を上げるので、物価沈静化のために日銀は「政策金利」の引き上げを急がざるを得なくなる。

政策金利 (短期金利) が上がると「長期金利」(=長期の借金に対する金利) も必然的に上昇するので、政府が発行する国債(10年国債が中心)の利回りが上昇し、政府の国債費 ( 国債という名の借金の利息を返す費用) が 大きく膨らむので、現在の政府の収入(=歳入 と言う)では足りなくなる。

現在の歳入で足りないとなると、政府は 増税するか、新たに大量の赤字国債を増発するしか手がなくなり、国債増発は、新たな「返済の利息」の増大になり、それが毎年雪だるま式に膨らんで行く悪純化に陥って国の財政が成り立たなくなる。

(ちなみに 国は国債増発を伴って財政拡張を進めてもほとんど問題は起きないという「リフレ派」と呼ばれる人たちの意見もあるが、反対派との間でポジショントーク応酬の段階にあるため ここでは取り上げません。)

こうなると、財政拡張(景気対策としての国の支出の増加)を就任の方針として当選した 高市首相の考えは、景気対策が効果を出す遥か前に そもそも台所が苦しくなってしまい、首相方針は 頓挫する可能性もある。

 

加えて、円安を止めるための (日銀の)政策金利の引き上げは、若年層社会人の住宅ローンの変動金利の上昇から返済額の増加につながり、返済が苦しくなる家計が 出て来る。(返済額が増える以上に 給与収入が大幅に増えれば 話は別だが、皆が皆 そうも行かないだろう。)

また、設備投資の資金や運転資金を借りている中小企業の借金返済の利息が増大し、会社経営が立ち行かなくなるケースも増える(倒産が増える)。

こうしたことから、政府は、政策金利を引き上げたくないのだ。

 

一方で、政策金利を上げないと、インフレが益々進み、国民が物価高で音を上げる近未来が容易に予想される。 政策金利の据え置きも引き上げも、どちらに転んでも痛みがあり、日銀は、今ハムレットの心境に置かれている。

一般国民は、インフレ高進による物価高騰に耐えるか、住宅ローンの返済利息の増加に耐えるか、二者択一を迫られ始めている。あるいは家賃の高騰に耐えながらマイホームを諦めるかだ。

 

世論調査で 国民から政府への一番の要望に上がって来るのは「物価高対策」だ。生活が苦しくなって来ている国民を楽にする策の案として「消費税減税」の可否が議論されているのは、そのためだ。しかし、消費税を減税すると国の収入が減るので 政策のお金が足りなくなり、またまた赤字国債を増発するか別の増税を実施するか国民サービスを低下させるかの選択を 国は迫られる。 消費税減税は、本質的な対策には全くなっていない。

 

一方の米国は、まだまだ大きい対日貿易赤字を減らすため、ドル安(= つまり円高)を望んでいる。その点では 日本と利害が 一応一致していると思われる。

しかしながら一方で、「為替マーケットへの介入」という 日本の財務省の手法には、米国は手放しで歓迎していないということは、もう何年も前から指摘されて来た。

日本が(対ドルの)円安誘導するためには、ドルを売って円を買う必要があるが、売る「ドル」は実際には、外国為替特別会計にある「米国国債」だからだ。

米国債が市場で大量に売られると、米国債が値下がりして結果的に利回りが上がる。

それは、米国政府の利払いの費用が増大することになるため財政が厳しくなるため、米国債が売られることを米国政府は嫌がっている。

そういったことも、ベッセント氏の来日で非公式に話し合われる可能性がある。

 

さて、更に大きな絵を見ると、為替市場への政府の介入や、ベッセント氏の来日は、一時的には過度な円安の苦しみを和らげるかも知れないが、本質的には何も解決していない。

円安の根本的原因は、日本の産業力が、2000年過ぎから大きく弱体化してきたことだ。

それに加えて少子化(=人口減少)による労働力の縮小や 内需の縮小が、日本の産業力の低下に更に輪をかけている点も見逃せない。

 

根本的に円安を回避することは非常に難しくなっていて、長期では更なる円安進行(=高インフレの継続)が懸念される。

政府与党も、野党さえも、経済学のアカデミアも、産業界も、世界最弱通貨になったと言われ始めている「円」の価値を救う処方箋を なかなか見いだせていない状況。

 

さてどうするか....。

 

 

定年後、何をするか? (その1)

 

こんにちは。

 

筆者は、フルタイムを含めた日常的な勤務を卒業して もうすぐ5年ほどになります。

 

今朝のニュース番組の あるコーナーで、「定年後、何をすれば良いか?」という特集をやっていました。

筆者は、この特集のタイトルに少し違和感を感じました。

『何をすれば良いか?』ではなく、 『何をしたいか?』だろう....。

多少譲っても、『何をするか?』がニュートラルな言い方ではないか。

 

基本的に、「こう あらねば !!!...」という、義務感や同調圧力で 決定されたくない部分です。

 

筆者は仕事から離れると決める 2年ほど前から、「自分の価値観として、残りの人生は好きなことをして過ごす。 世間一般の観念には左右されないで。」と決めていました。

 

とは言え、定年後の時間の使い方を、個人の願望だけで決められない要素も多々ある。

よって、一律ではない。

 

定年後の時間の使い方を左右する要素を挙げてみたい。これは大事なこと。

<順不同>

①  老後生活の経済的条件
  (寿命の終焉までを世帯で捉えて)

② 寿命 (実際は健康寿命) が尽きるまでの間に、仕事以外に やりたいことを持っているか?

   (あくまで 本人の人生観と価値観の話)

③ リタイヤ時の年齢から健康寿命が終わるまで、何年残っていると考えるか?

  (「健康寿命」は まだ一般化した概念ではない。後ほど改めて触れます)

④  現役時代に「社会との関係性も含めて 仕事をやりきった」という達成感を得られていたか? (不完全燃焼部分が残っているか否か)

⑤ 定年後に見つけた仕事が、経験から身に着いた価値観に矛盾せず スキルにも合うか?

⑥ 配偶者の生き方( 就労継続かどうかなど 生活スタイル)  との調和

 

などが 与件として存在していると考えます。 (他にあれば随時追記してゆきます。)

①〜⑥まで、状況は人それぞれ、皆違います。 上記に挙げた以外のことも含め、複雑な与件の組合せになる。それらを総合的に判断した結果なのだ。

 

よって定年後の生き方について、自分以外の他人のことをあれこれ論評・評価することは適切ではありません。人それぞれ、環境も価値観も異なるので 一律に 決まった見方を当てはめることは ふさわしくない。逆の立場なら、貴方は「要らない お世話だ」と言いたくなるかも知れません。

 

このあたりのことを、これから少しずつ書いて行きたい。

 

続きは次回以降で。

 



 

バラの季節

 

こんにちは。

 

春を通り過ぎて、暑いくらいの陽気になりました。

 

G.W.に入る前に咲き始めたバラが、次々に開花して春の本格期になりました。

 

 

写真は、「ビンゴ メイディランド」という品種です。

下のほうの黄色いのは、ポップコーン・ローズ です。

広い場所がないので、あまり大きく広がらないようにプランターで育てている状況です。

 

ではまた。

旅行スーツケースの用意

 

こんにちは。

 

5月の下旬に南フランスを旅行することにしました。

行き先は、ボルドー、ニース、アヴィ二オン あたりの 古い中規模都市を周遊しパリ近郊にも少し立ち寄ります。 東京出発日を含めて10日ほどの予定。

 

海外は、業務出張を含めても、長い間行っておらず、「十年以上ぶり」 になります。

 

欧州の10日くらいの旅行となると大型スーツケースが要りますが、体力腕力は以前ほどないので荷物は軽いのにしたかった。

スーツケースは、少し前のアルミ アロイ製はいくつか持っていますが、ここ10年くらいで メイン材質の ポリカーボネイトが 更に大きく軽量化され、またキャスターが滑らかで 非常に静かになって進化したと聞きました。そこで、この際 新調することに。

 

ブランド や耐久性 (長寿命) を求めると、年4回の旅行で15年以上耐えると言われる 国内ACE社の「プロテカ」か、海外製ならサムソナイト, リモワ あたりになるでしょうが、この先 海外旅行に 十回以上行くとも思えず、カチッとした耐久性より、軽量で お洒落感 を優先し、また使い勝手の点から一部フロントオープン可能なものを選択する方針とし、ダメージなどで必要になったら買い替えるという考えにしました。

 

2,3の店で現品を見比べて 使い勝手 や 軽快感を比較した結果、スウェーデンの innovator製にしました。軽くて空港などでも開きやすく、キャスターは日乃本錠前製で軽快なスライド感、2年のメーカー保証 (日本総代理店 :トリオ社による) が付いています。

 

来月出発の予定です。

 

ではまた。

 

三浦しおんの小説の影響

 

こんにちは。

 

今日は、ある小説が、私の行動に影響を与えた話を書きたいと思います。

 

多くの方は既にご存知とは思いますが、三浦しおん という作家がいます。

 

名前は以前から知っていましたが、小説「舟を編む」のドラマを、2024年2月に NHK BSで観てから興味を持つようになりました。

 

三浦しおんの作品の特徴は、

・対象の題材がマニアックで、主人公の職業など、特定分野の描写が深く細かい

・それでいて筆致は軽妙で、どの登場人物に対しても愛情が感じられる

というところがあって引き込まれ、飽きさせません。

 

「舟を編む」についても、辞書編纂という精緻で丹念な作業の描写は言うに及ばず、分厚い辞書の1ページ1ページを構成する「紙」に至るまで、その材質や質感・手触り感まで描き出すという細かさ・作者のマニアックなこだわりが、存分に発揮されている作品だ。

並の作家だったら、特定の部分だけが細か過ぎると 読者は 飽きてきたりするものですが、三浦しおんの描写技術は、愛すべき登場人物の必然的な行動を通じて 読者はマニアックな世界に既に引っ張り込まれた中での自然な流れのため、ついつい主人公に一体化して引き込まれてしまう。

 

ドラマの『舟を編む』を観てしばらくして、手元に『ゆびさきに魔法』というタイトルの小説が来ました。

その本がどこから来たのか、家族が友人から借りたのか図書館で借りて来たのかは忘れましたが、三浦しおん (以下、三浦さん) の小説でした。

 

裏表紙の作品紹介を見ると、主人公の職業はネイリストとのこと。 女性の指の爪にアートを施す仕事です。

男性の私には無関係な世界の話だと思いましたが、三浦さんの ” 深掘り描写力 ” に一目(いちもく)置いた矢先だったので、「退屈ならば 途中でやめるまで...」という軽い気持ちで読み始めました。

ところが、十数ページ読み進めた段階で止まらなくなってしまった。

 

私も かつて技術者の端くれ、若い頃は実験室に籠ってプリント基板の上に抵抗・コンデンサ、ICなどを並べて自分で配線し、目的の電気波形が出るまで いつまでも没頭していた頃がありました。職人さんに対する尊敬や、手に技を持つ人間への共感があります。

『ゆびさきに魔法』を読み、ネイリストが単なる "ペインター" ではなく、その背後に深く多様な知識の習得と 長い年数をかけての精密な技能習熟が必要で、ネイルアート利用者の生きる意欲を支える役割も果たしていると知るに至りました。

 

また、ネイルのケアは、審美目的の装飾にとどまらず、「巻き爪」や「陥入爪」など 爪の問題(時に 強い痛みや歩行困難につながる)に対して適切な対処を行って平常な生活を取り戻す助けもし、ネイリストさんによっては、男性の爪のトラブルも快く受け入れて対処してくださる方も少なくないと小説を通して知りました。

 

小説『ゆびさきに魔法』では、主人公の月島美佐の住む長屋は、居酒屋「あと一杯」の隣にあるという設定でした。 「あと一杯」の 大将の松永は頑固で不愛想な性格の男だが、酷い巻き爪に悩んでいた。松永はひょんなきっかけから美佐の巻き爪治療に助けられ、美佐との交流が深まってゆくストーリーが展開される。また、美佐が駆け出しのネイリスト 大沢星江に技術を教えたり修行に出して育てるプロセスも読みどころだ。小説の中では、様々に専門的で奥深い技法の描写において、三浦さんの真骨頂が発揮されていて、門外漢の読者である私も引き込まれてしまう。繰り返しになるが 専門技術の描写が絶妙で、その道のプロではないはずの 作家 三浦さんの取材力に舌を巻いてしまう。

 

 

さて、ここから本論です。

筆者(私)は巻き爪ではないが、1年ほど前から足の親指の爪が 上に盛り上がって 爪自体も厚くなり、また爪の先端の片側が指の肉に当たって時に痛みを感じるようになっていた。のちに「肥厚爪」という状態と知りました。重症ではなかったが、放っておくと悪化して「嵌入爪」になりそうで対応を思案し始めていたところでした。 最近のある日、家から遠くないターミナル駅の近くの 駅裏をたまたま歩いていたら、ネイル・アートの店があるのに気づきました。

入口の歩道上に 立て看板を出していて、「巻き爪の対処します 〇千円 男性も ご遠慮なく」と表示してありました。足の爪が気になり始めていたので、つい目が行ってしまった。 と同時に、半年ほど前に読んだ『ゆびさきに魔法』の主人公 月島美佐と 居酒屋大将 松永のからみを、ふい思い出した。

 

とは言え、女性客ばかりのネイルアート店においそれとは入れない。そんな勇気は無い。

その日は もちろん見送って2、3週間ほど迷った末、思い切ってドアをノックしてみました。

足爪トラブルの得意な担当者は その日たまたま休みでしたが、その他のスタッフが快く迎え入れてくださって、状態を観察して実際に施術する日時を取ってくれてその日は帰りました。

 

後日、約束した時間に行くと、足爪対処が得意という担当者がいて対応してくださり、50分ほどかけて丁寧に施術してくれました。施術中はチクッとする痛みが数回あった程度です。

施術後の痛みはなく、爪の先が指肉に当たることもなくなり、すっきり軽くなった気分です。 対処は今回だけで終わりました。1か月半後に経過を見せに行って、それで完全に終了とのことです。

 

男性の筆者がネイルアートの店に入るなど想像もしていませんでした。三浦しおんの小説を読まなければ、絶対に ( ‼  笑)  あり得ない展開でした。

爪の変形を直す他の選択肢としては、皮膚科クリニックで ”外科的な手術” という選択肢もあるようです。術後の痛みは さほどでもないそうですが、手術前に指先に数本打つ「麻酔の注射」が、かなり痛いらしいです。

 

 

担当してくださった方が、「こういった爪のトラブルは、男女ともに、また年齢に関係なく 普通にあります。ただ年齢が上がって来るにつれて増えてくる傾向はあります。気軽に相談してください。」と、縁のなかった場所で緊張している、そしてネイリストさんから見たら「おっさん」の筆者の気持ちをほぐしながら対処してくださったことには、感謝の念しかありません。

 

今日は、ある小説が私の行動に影響を与え、想像していなかった展開になった話を書いてみました。

 

ではまた。

 

ハードウェアの復権

 

こんにちは。

 

AI(人工知能) の 驚異的な進展 が ニュースで毎日のように話題になっています。

 

ところで、パソコン や スマホ、高機能な電子機器などは、「ハードウェア」と「ソフトウェア」から成り立っています。

 

ハードウェアとは、半導体コンピュータ、メモリー、トランジスタ や コンデンサなどの電子部品、電源回路、光ファイバー、コネクター、それらを収納する筐体 など、目に見えるモノ全てです。

 

一方、ソフトウェアとは、半導体コンピュータの上で動作するプログラムのことで、通常は1と0に符号化された形(ビット)でメモリーや磁気ディスクなどに格納されています。

 

どちらが無くても コンピュータで観るYouTubeも、スマホのLINE通信も成り立たない、「車の両輪」のようなものです。

 

 

さて、「ハードウェアとソフトウェアは、どちらが より重要か?、価値が高いか?」という論点は 古くから存在し、ハードウェア技術者とソフトウェア技術者の間で、それぞれの存在意義を意識した目に見えないプライドの論争でもありました。

・「ハードウェア、 ソフト (を入れ) なければ ただの 箱 (鉄)」

・「ソフトウェア、 (乗せる) ハード (が) なければ ただの 案 (紙きれ)」

といった、冗談半分ながら 互いに揶揄する慣用句もありました。

 

 

今般のように「AIに大注目の時代」に入って来ると、AIは基本的にはソフトウェア技術(処理アルゴリズム技術)の進展の成果であると考えて良いだろうから、やはり ソフトウェア優勢か! と、感じます。もちろん超高性能のGPU半導体の存在があってのAI であることは承知の上での話です。

 

 

ところで、アンテナを高くして観察すると、新たな潮流や傾向が生まれてもいる。

 

その1-①:AIの進展で、ソフトウェア技術者が大量に不要になる。

         (AIが、ソフト開発やコーディングの作業もやってしまう)

   -②:ソフトウェアである「SaaS」というサービス製品は 近々衰退する。

      (昨秋から米国で言われるようになった『SaaSの死』)

 

その2 :AIなどのテック大国の米国で、現場作業の 配管工 などの年収が 

     公認会計士などホワイトカラー職種の年収を上回る例が出て来た。

 

その3   : 日本が得意だったハードウェアの範疇に入る 素材技術 (繊維など)や

       半導体ウェハーの洗浄液、半導体表面の研磨装置、不純物や超微粒子

     の検出装置などが、他の国から調達できない無二の技術として、

     その評価が 近年高まっている。

 

などです。

配管材や 配管施工技術、超微細加工装置、特殊繊維 などは、ソフトウェアで実現できるデジタルな機能ではありません。 これらはむしろ逆に、古いものと見なされがちな『アナログ技術』に属する。  

こういった事象は、単純に ソフトウェア世界の一人勝ち、と言えない現象群であります。

 

 

これらの傾向は、一体何を物語っているのだろうか?

 

本質的に、「ハードウェア」と「ソフトウェア」は何が違うのだろうか?

 

哲学的には色々と違いを語れるかも知れませんが、とりあえずの筆者の整理は、

ソフトウェア製品は、その開発に 多大な労力(多人数 のソフト技術者と 長い日数・年数)がかかるが、一度完成すると その「複製」は コストという観点ではタダ(無料)です。メモリー上で、一瞬にして何十万コピーもできてしまう。

 

一方で、ハードウェア(ハイテクであろうがなかろうが)の複製には、一つ一つのコピー製作に新たな原価(固有コスト)がかかります。 追加の原材料と、追加の作業工数、追加の光熱費 (電気代等) が かかるためです。配管工事も、熟練の技が一つ一つの工事に必要で、一瞬にして他の現場にコピー配布することは不可能。 ある年数の後の将来に フィジカルAI(ロボット) が それをできるようになる可能性は十分にありますが.....。

インターネット上に デジタル情報で掲載された知識でなければ、現時点ではAIは学習が困難なためです。

 

改めて ソフトウェアは一度 着想が発明されて デジタルコード化されれば、 それらは「複製」が容易で 「広範な流布」も容易である。

しかしながら一方で、見たことの無い新しい価値は、物体や物質が存在する tangible ながらも 非常にアナログ的ハードウェア物質 の世界から 発見もしくは再発見されて 世の中に出て来る場合が少なくない。 自然界や デジタル情報化されていない 物質素材を加工する古い "匠の技" などです。 

そういったものは、ネット上の情報の組み合わせには存在しないので、デジタル化(フィジカルAIに実装)されるまでに時間を要する。

 

 

AIが出現して、人は近い将来 何でもできそうな錯覚に とらわれ勝ちですが、すぐに複製できるソフトウェアの内部に含まれていない、まだ見たことの無い価値は、アナログなハードウェア技術を経て発見されてゆくのではないだろうか?

 

AIの出現・著しい進展を目にして、また 無くならない配管工の仕事の再評価を聴いて、改めて「ハードウェアの復権」を感じるこの頃ではあります。

 

ではまた。

 

尾形光琳の燕子花図屏風

 

こんにちは。

 

根津美術館で、今年も光琳派の展覧会が始まっていると友人から教えて貰い、観に行ってきました。

 

 

尾形光琳は、金箔を背景にした「屏風絵 (びょうぶえ)」や「蒔絵」などで 独自の境地を開いた絵師で、その作風は弟子たちとともに光琳派と呼ばれています。

 

京都の建仁寺にある『風神雷神図屏風』で有名な 俵屋宗達の流れを受け継いでいるとされています。

 

 

根津美術館は 地下鉄表参道駅を出て、都心部としては意外に閑静な 南青山の 住居街 兼 商業地 の間を通って徒歩8分くらいの所。

途中には高級ブランドのPRADAや、洋菓子のヨックモック本店&カフェなどが並んでいますが、オモテ通りの喧騒がなく 気持ちよく歩ける 素敵な通りです。

 

根津美術館に着きました。

通常の美術館によくある前庭広場がなく、一般道の交差点の前に すぐ入口玄関です。

あとから調べたら、この敷地は、東武鉄道の創業者の一人である根津嘉一郎氏の 邸宅兼庭園のあった場所だとか。 それで、庭は正門を入ってから内部にあるとしても、道からすぐに正面玄関ですね。

 

 

エントランスは 元は個人の邸宅であったらしい雰囲気があります。

 

美術館のロビーです。 ロビーから 直接に庭が見えます。

作品を観てから出てみようと思います。

 

 

さっそく 1階の 一番大きい展示室へ。

 

弟子の渡辺始興の数点の秀作のあと、ほどなく、「燕子花図屏風」の前に来ました。

全館で撮影禁止のため、下図は、ホームページの写真をお借りしました。

この燕子花図屏風は、江戸中期の1701年〜1702年頃に描かれたものらしいですが、平安初期の貴族・歌人である 在原業平が著した『伊勢物語』の第八段「東下り」で立ち寄った「八橋の燕子花園」の一節が モチーフになっていると言われています。

 

さらに その場所である「八橋」は、現在の 愛知県知立市 の八橋町 と言われており、愛知県出身の知人によると、そこに 現在も人気の名所として かきつばた園 があるそうです。在原業平も立ち寄ったのでしょうか?

 

業平の伊勢物語は、平安時代の初期 (西暦900年頃) に書かれたとされていますが、平安初期の文学が 八百年後の江戸中期の絵師「尾形光琳」に影響を与えていたこと、更に、業平や光琳が訪れたかも知れない「燕子花園」が 現在も愛知県の八橋 (知立市) に 現役で 市民の憩いの場になっていることに、(当たり前だと言われそうですが) 歴史が 二千年を超えて、間違いなく つながっていることに改めて感銘を受けます。

 

更に、燕子花 (かきつばた) 園には、平安期当時、八本の水路が流れていて「橋」がかかっていたと言われています。水路の本数の確かさは不明ですが、かきつばたが群生する湿地であったため、橋が何本か架かっていたのは、自然な話だと思われます。 実際に伊勢物語の中の挿絵にも橋は描かれているとのこと。

 

ところが、光琳の「燕子花図屏風」には、それ(橋)が 一切 描かれていません。

橋が描かれていないことについて、筆者の知人は 光琳は描くのを「はしょった!」という独自の説を唱えています。その説は、あながち、単なる冗談や 駄洒落 ではないと思える学説があります。その説とは、「光琳は、絵を観る人が頭の中に橋を想い描いて欲しい、と考ええて、橋を描くことを あえて省略した」というものです。 人工物の橋を描いてしまうと、現実に「観察の位置 (視点) や 遠近感」が固定化されてしまうので、それを嫌ってあえて省いた、というのです。   なるほど......。

 

 

さて、美術館の展示室内の 燕子花図屏風の前には、座り心地の良い長いベンチが設けられており、混雑していなければ、座って、場合によっては10分くらい この名画を ゆっくり眺めることも可能です。

通常は鑑賞中は、順番に並んで移動しながら観るので かなり 壁面に近づいて絵を観ることになりがちですが、屏風絵は長尺なので、少し離れて観たいものです。 丁度良いベンチからの距離で身体を休めながら鑑賞できるのは非常に有難いです。 行かれた方は、ぜひ ベンチからの鑑賞も 合わせてお試しください。

 

 

さて、光琳の「燕子花図屏風」と同じ壁面の すぐ横に、弟子の「渡辺始興 (しこう)」の『燕子花図屏風』が 置かれています。 同じように燕子花を描いていますが、更に抽象化した姿で、また、遠景を髣髴とさせるもので、これはこれで味があります。

下の写真もホームページをお借りしました。(現地撮影は禁止です。)

 

渡辺始興も、なかなか見応えある 多くの作品を展示してあるので、楽しめました。

光琳の弟である陶芸家の「尾形乾山」も、その陶器の名作が展示されています。

作風は、時代は違いますが、織部焼と通じるものがあると感じました。

 

 

さて 展示を観終わって、庭園に出ました。

広い庭園です。

写真を並べておきます。

 

 

 

 

庭園は、都心にあるとは思えないくらい静寂です。

また大変広いので、案内板に従わなければ、迷子になりそうです。

帰りは展示館の地下1階の出入り口に戻るルートを選びました。

春の紅葉が美しい。

 

この展示は、5月10日 (日) までです。

 

ではまた。